リレー・エッセイ・会報67号掲載

■ 「新米カウンセラーであった頃」

聖心女子大学教授  橋口 英俊

 いつも楽しい会報の編集をして下さっている山崎先生からこのお話をいただいて、吃驚すると同時に大変戸惑った。今までこのような形で過去を振り返ったことがなく、現在もいろいろな研修に出させていただくと、新鮮で学ぶことばかりで、ただ感心し、感謝しながら新人の気分を味あわせていただいているからである。しかしお話を頂いてからあらためて考えてみると、大学在学中も含め、今日まで、40年以上も曲がりなりにカウンセラーといわれるようなお仕事をさせていただいたことになる。今は天職だと思い、大きな生きがいであることも事実で、大変有り難く感謝している。
 私がカウンセリング(的なもの)にはじめて触れたのは、大学に入学した時のオリエンテーションで、中村弘道先生が学生相談について講義して下さったときである。どんなことでも、予約すると秘密厳守で親身に専門の先生が相談にのって下さるというお話で、漠然と大学生活に抱いていた不安がかなり薄らいだのをはっきり思い出す。大学に入った動機が、中村先生のように心理学やカウンセリングのような勉強がしたいということがあったので一層身近に感じ、何回も相談室にお邪魔させていただいた。
 ところで、私は母子家庭の長男で、田舎から自活を条件に上京したので、折よく大学近くで住み込みの家庭教師を紹介していただき大変助かった。同時に、家庭教師といっても、
 家族の一員として扱っていただき、そのうち勉強以外のことなどいろいろな相談も受けるようになった。特に父親は大変苦労して事業を起こし、成功して経済的には豊かになったが、家庭的には必ずしも満足とはいえず、ご家族の心の奥深い問題に否応なしに踏み込まざるを得なくなり、葛藤し、自己嫌悪に陥ることもあった。当時出た沢田慶輔編『相談心理学』や日本教文社『フロイド選集』などよく読んだ。時々学生相談室にもお邪魔し、親身に話を聴いていただくことの意義、また適切な先生を紹介して下さり、今でいうネットワークやシステムの重要性など本当に大切なことを身をもって学ばせていただいた。その頃紹介していただいた森田宗一先生、田村満喜子先生など懐かしく思い出す。
 今思うと冷や汗ものだが、このへんから私のカウンセリング人生は始まったといえる。お陰で何とか問題も解決し、駒場から本郷への進学を契機に住み込みを辞し、本格的に心理学特にカウンセリングや臨床心理学を学ぶために、教育心理学研究室に入れていただく。そして大学院後期課程を満期退学するまで教育心理学を中心に人格心理学、臨床心理学、発達心理学、心理診断法、障害児心理学、産業心理学、解剖学、病理学、精神医学、文化人類学など他学科聴講も含め関係のありそうなものはできるだけ学ばせていただいた。その間、国立精神衛生研究所、国立国府台病院で、研究生や助手をさせていただき、今もお世話になっている日本医科大学附属病院では嘱託(のち講師)として心理臨床に関わらせていただいた。当時からお世話になった恩師の依田新、三木安正、肥田野直、佐治守夫、片口安史、霜山徳爾の各先生、先輩の村瀬孝雄、芝祐順、井上健治、池田央、古沢頼雄、伊藤隆二の各先生その他、今思うとどの先生、先輩も自らに厳しく他には親切で、本当に有り難く、学ぶことばかりでただただ感謝の念で一杯である。
 また恩師の沢田慶輔先生を中心に、先輩の神保信一先生、派遣生でおいでになっていた小・中学校の先生方と数年間行ったアクションリサーチは、学校現場を知るきっかけになり、私にとって大変刺激的で有意義であった。
 その他学部時代に東大新聞でアルバイトしていたときに教育心理の先輩江副浩正氏と知り合い、乞われてリクルートの前身の創立に携わった。それがきっかけで、社長の心理診断という記事を約3年間、ある月刊誌に連載し、一部の企業から今でいう産業カウンセリングのような仕事もさせていただいた。感謝に堪えない。
 その頃縁があって東京経済大学に専任講師として赴任し、青年心理学、教育心理学を担当、傍ら学生相談室相談員を命じられた。以後大学を変わっても相談員(カウンセラー)は変わらず、今日に至っている。有り難いことである。
 また私は生来体が弱く、おまけに無医村に近い田舎で育ち、幼い頃から東洋医学(鍼灸、按摩、煎じ薬など)のお世話になることが多く、大学でカウンセリングや臨床心理学を学ぶ過程で東洋医学の中に脈打っているのはまさにカウンセリングや臨床心理学ではないかと思うようになった。そこで大学院の時(一部就職後)、その種の学校に通い、免許取得後はカウンセリングや心理療法の一環として東洋的な思想や技法を含めて考えるようになり、陰陽、補寫、心身一如など参考になることが多い。特に母が若くして夫(父)を亡くし、4人の子どもを育てるのに、並大抵でなかったことと、いつも両手をあわせ祈っている姿がカウンセラーになった自分と重なり、クライエントに対しいつのまにか申し訳ない、有り難うとその後ろ姿に両手をあわせる習慣が身についた。先輩の伊藤先生から同じような、もっと深いお話を伺い感激している。また沢田先生、国分康孝先生のご縁で論理療法(REBT)を知り、ロゴセラピーとともに大きな柱となった。これを機に人間の幸せに真に役立つ包括的統合的カウンセリングを目指し、初心に戻って精進していきたいと思う。